ジョンソン先生のご逝去に寄せて 三代 義雄

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㈱LMJジャパン アソシエイト主席講師 三代 義雄

 

1.訃 報

 ジョンソン先生の訃報のメールをハンガリーで受信した。
 大きなショックを受けると共に後悔をした。実は、5月の中旬から6月の上旬にかけて研修の空きができたので、義姉の住んでいるアメリカへ行くか、息子夫婦が住んでいるハンガリーへ行くかを検討し、孫2人がいるハンガリーを優先したのだ。

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 アメリカへ行っていればジョンソン先生にお会いできたかもしれないと悔やまれた。早速ハンガリーから奥様宛にお悔やみの手紙を出した。
 過去にジョンソン先生のお宅へ夫婦2人で訪問し、パームスプリングの別荘に泊めていただいたこと、又小生の住んでいる神戸にご夫婦で来ていただき、灘の酒蔵や六甲山を案内したことなどが思い出された。
 アソシエイトとして、ジョンソン先生のことを書いてほしいとの依頼があった。あまりにも多くの思い出があり、とても紙面には書きつくせないが、今思いつくことを少しだけ以下に書かせていただく。

 

2.先生との出会い

 私は、K社の品質保証部に在籍中にISO 9001:1984のシステム構築の事務局を担当し、その認証取得を達成した。その後、英国の主任審査員の資格を取得し、ISO研究会など社外の人との交流を深め、有益な情報を社内に伝達することに努めていた。
 その時、ある人の紹介で南澤Drに会い、ジョンソン先生のISO 9001主任審査員コースのお手伝いをすることになった。

 

3.先生の講義

 初めは、先生が講義で使われるOHPのシートを台の上に乗せる作業であった。この作業中に先生の講義メモを可能な限り取ることにした。その講義内容及び講義手法は、私が以前に別の研修機関で受けたものとは全く別のものであり、素晴らしいものであった。

 私が素晴らしいと思った主なものは以下のことである。


•監査の物語を書いたケース・スタディーが演習で使用されている。


•テキストが2者監査を中心としてまとめられている。(監査の原点は2者監査にある。)


•テキストには多くの実例が書かれている。(先生が実際の監査で用いた様式が書かれている。)


•テキストには「ジョンソン格言」が数多く記載されている。


•講義は、対話形式であり、時には研修生の机のそばに行って話される。


•質問は講義中いつでも受ける。


•コースの約半分が演習であり、グループ作業が重視されている。


•是正処置要求書に書く不適合は、グルーピングして観察事項としてまとめ、勧告を伝える。

 

4.私への講義の指導

 次の研修で、約20名参加している研修生を4人づつのグループ分けする作業が与えられた。
適当にグループ分けして座席図を先生に渡すと、

「このグループ分けはどのように判断して決めましたか。」

 と聞かれた。何も考えずに適当にグループ分けをした私には返すことばがなかった。
先生から、

「研修生の業務経験、監査の経験、男女、年齢などを考慮して、異なる経験をもつ研修生のグループとなるように編成しなさい。そうすれば、研修生は異なる業種のことも勉強でき、コースがより効果的になります。」

と指導をうけた。 次に先生から

「あなたも少し講義をしてみなさい。自分が出来ると思うところから始めなさい。」

と言われた。最初は9001の規格解説からさせていただくことにした。さらに回を重ねる度に担当範囲を増やして行った。
先生は、私の講義中に口を挟むことはなされず、講義中にメモをとられ、講義が終わった後に、

「あなたは、私のテキストの内容を講義するのですから、きっとやりにくいと思います。私も他人のテキストを講義するとすれば、うまく出来ないかもしれません。でも、このコースは私のコースですから私の思うことを正しく研修生に伝えて下さい。これからあなたに注意することは、きっとあなたの役にたつと信じていますから、良く聴いて下さい。」

と前置きをされてから、多くの注意事項を話され、時には厳しく、時にはやさしく、指導をしていただいた。

 

5.ジョンソン夫妻との思い出

 ジョンソン先生は奥様と二人でよく来日されていたので、奥様とも親しくさせて頂いた。一日の研修が終わると、奥様がホテルの部屋へ私を呼んで、

「今日はご苦労でしたね。疲れたでしょう。」

と言ってワインを勧めてくださった。

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  私の義姉が、ジョンソン夫妻の住んでおられるウエストコビナの近くのリバサイドに住んでいる関係で、私は何度かジョンソン夫妻の家を訪問した。また、パームスプリングにあるジョンソン先生の別荘にも妻と共に泊めていただいたこともある。訪問すると必ずゴルフ場へ案内され、昼食をご馳走になった。先生は、ゴルフができない私に、

「あなたとここでゴルフができればいいのだが、、、」

と残念そうに言われた。
私が住んでいる神戸に、ジョンソン夫妻に来ていただいたこともある。六甲山や灘の酒蔵を案内した。
 アジサイがきれいな六甲山、お酒の試飲をした灘の酒蔵、神戸の夜景など、奥様から頂くお手紙にその思い出がよく書かれていた。

 

6.今 後

 ジョンソン先生との思い出の一部を書かせていただいた。まだまだ、お伝えしたいことがたくさんある。特に「ジョンソン格言」を詳しくお伝えしたいが、また別の機会に書くこととする。
 潜水艦設計者からISOへ大きく進路を変換した時に、ジョンソン先生のご指導を得たことが、私の将来の方向付けを確実なものにしていただいたと感謝している。
 これからは、先生の教えを正しく伝えることが我々アソシエイトの役目であると思っている。

"ジョンソン先生が亡くなられても、ジョンソンメソッドは永遠に生き続ける。"

こころより、ご冥福をお祈りします。

 

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